Category : 懐かしいあの歌をもう一度

松田聖子や中森明菜に憧れたあの頃を思い出せ

女性アイドル全盛期の1980年代、トップアイドルのツートップといえば、松田聖子と中森明菜でした。正統派アイドルとして人気だった松田聖子と不良少女チックなイメージで登場した中森明菜。男性ファンでもどちらを好きになるか2つのタイプに分かれました。

正統派アイドル時代の幕を開けた松田聖子

毎年次から次へと新しい女性アイドルが登場した1980年代。その中でも光り輝いていた2人といえば、松田聖子と中森明菜です。松田聖子は1980年に、「裸足の季節」でレコードデビュー。まさに1980年代のアイドル時代の幕を開ける存在でした。

デビュー曲はCMに使用されたことで、松田聖子の名前はすぐにお茶の間に広まり、ヒット曲を連発。あっという間に10代の男性ファンを中心に人気を獲得しました。さらに同世代の女性からの支持も受け、独特のカールをしたヘアスタイル「聖子ちゃんカット」も大ブームになりました。この当時誰もが真似していたんです。

「少女A」中森明菜の対照的なイメージ戦略

一方の中森明菜は1982年にデビューしました。シングル「スローモーション」でデビューしました。すでにこの頃には松田聖子は日本武道館でコンサートをするほどの人気者になっていました。

2枚目のシングル「少女A」がヒットしたことで、一般的にも知名度が出た中森明菜。松田聖子とは対照的に、不良っぽいイメージで売り出されました。これはあまり前に出ない印象の彼女の性格をうまく利用した戦略だったようです。

当時は男性ファンもどちらが可愛いか、どちらが歌が上手いかで論争になるほどこの2人は比較されました。「ぶりっ子」と呼ばれてアンチファンも多かった松田聖子は、郷ひろみとの恋愛・破局、神田正輝との結婚を通してアイドルを脱却、ママドルという新たなジャンルを確立していきました。

対する中森明菜は近藤真彦との恋愛スキャンダルにより徐々に表舞台から遠ざかってしまいます。子供のころ山口百恵にあこがれ、結婚をして芸能界を引退、出産して家庭を築くことを夢見ていた彼女は、あまりにも純粋すぎたのでしょうか。

同じ時代を生きた2人の対照的な生きざま

若くして芸能界で成功し、出産してママドルになっても離婚と結婚をくりかえし、スキャンダルで叩かれながらも人気が下降することはなく、確固たる人気を手にしている松田聖子と表舞台から姿を消してしまった中森明菜。アラフィフ世代が共に時代を生きてきたアイドルが今後どのような人生を生きていくのか注目したいところです。

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